天下布舞と好奇懽楽

  • 2015.05.14 Thursday
  • 10:13

はるか昔、人も獣も妖かしも神も共に暮らしていた。
もちろん、人と人がそうであるように、戦いもあれば憎み合いや差別もあった。
しかし、互いに助け合い高度な文明を築いたこともあった。

やがて、人の力が肥大してくると、伝染病があれば獣を討伐し、不幸があれば妖かしを討伐するようになった。
争いの種や政治を牛耳るきっかけとして神を利用した。
「人」と「人でないもの」に分けられ、人でないものは徹底的に排除されていった。
神々は呆れ果てて天上へと還っていった。
良識のある獣や妖かしは人の姿に変化することで、生き残る術を学んだ。
そうでないものは人を恨み、悪さをするようになった。

いつしか人は「人」と「人でないもの」が共に生きた時代があったことなどは忘れてしまった。
獣も妖かしも「人」として過ごしているうちに、自分が「人でないもの」であったことも忘れていった。
こうして、時は、過ぎて行った。


  *   *   *   *   *   *   


2013年10月。

男はしばらく窓辺に腰をかけて、商店街を見下ろしていたが、部屋に入ってくる気配を感じると振り返ることなく口を開いた。
「猫之介。この地にアジトを構えて何年になるか」
「昭和39年の夏に越してきたので、49年と2ヶ月ちょっとですかにゃ」
猫之介と呼ばれた男は、不意の問いかけに動じることも、何かを確かめることもなく、その問いに答えた。
男は視線を窓の下に落としたまま、小さく頷いた。
「祭りや行事のときは人が増えるものの、やはり厳しいものだな」

男は、いつの時代から現れるようになったか全くの不明だが、猫の作品ばかりを盗む奇妙な盗人で、
鼠小僧が流行った頃は猫小僧、フランスよりルブランの小説が入ってきた頃にはリュパンキャットなど、
その時代によって様々な呼ばれ方をされていた。
しかし江戸川乱歩が執筆した怪人二十面相が少年倶楽部に掲載されはじめた頃から
『怪人猫面相』と呼ばれるようになり、今ではすっかりその名前が定着していた。
時を重ねるごとに増えていく手下たちも彼を猫面相と呼ぶようになり、
男自身も、元の名前がなんであったかなど頭の隅から消えてしまっていた。

遡ること50年ちょっと前。
忘れもしない、谷中の朝倉彫塑館にある猫の像を盗んだ時のことだ。
警察と新聞社にあてた予告状の謎を、大人たちよりも先に解き明かし、男を商店街の中に追い詰めた少年がいた。
それがよみせ通りと呼ばれる商店街にある、アズマ板金塗装の次男坊、東台二郎であった。
(※参照『怪人猫面相エピソード』)

彼はよみせ通り少年少女探偵団を結成し、怪人猫面相を徹底的に追い回した。
この出会いがきっかけとなり、男はすっかりとこの商店街が気に入り、ついにアジトまで構えてしまった。
やがてその少年は大人になっていくが、店が入れ替わっても、老朽化した街灯が新しくなっても、変わらず『よみせ通り少年少女探偵団』は存在した。
男は、本業である怪盗の傍ら、たびたびよみせ通りを侵略しては、少年少女探偵団と対決するということを繰り返していた。

そうやって、気づけば数十年の月日が経っていた。
かつては賑わっていた商店街も、今は人もまばら。
あの頃は元気だった看板娘も、相変わらず元気ではあるが、話しかけるときに耳元で大きな声を出す必要があった。
長くやっていた店は、ひとつふたつと姿を消し、新しい店も出来てはそう時間が経たない間に消えていく。
商店街を支えてきた若い衆は、集まれば「あの店の女が良い」「そこの酒は旨い」などと賑やかに言い合っていたものだが、
最近は集まるたびに「あの病院の先生は良い」「ここの病院の飯はまずい」と病院の情報交換の場と化していた。
とはいえ、商店街のシンボルである延命地蔵尊のおかげか、長寿が多く、
都内の平均寿命を伸ばしているのはこの通りなのではないかと思うほどであった。

「猫面相様、先日の話ですが」
猫之介の声に、猫面相はようやく商店街から視線を外し、振り返った。
「都内で妖かしや獣の姿を見かけるようになったという話ですにゃ。
どうやら、長い諸国放浪の旅を終えた狐太夫百合之介という福狐が、浅草吉原に戻ってきているようで。
その妖力に惹かれて、人里から姿を潜めていた妖かしたちが吉原に集まっているようですにゃあ」
「吉原…?当時こそ江戸の華と呼ばれた場所であったが、今は地名すらも失われている。
前に訪れたときは、華やかだった頃の面影はほとんどなくなっていたのである。
あそこに妖かしの集まる場所があるとは思えぬな…」

猫面相は再び窓の外に視線をやり、窓辺から立ちあがると、掛けてあったマントを羽織り、シルクハットを頭に乗せた。
「猫之介、ちょっと出てくる」
猫之介は察したように身を引き、「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。


音羽屋の人力車で日暮里、鶯谷を通り過ぎ、浅草の繁華街のあたりまで来ると、妖気はいよいよ濃くなった。
「縄張りがあるもんで、あんまりこっちに来たことはなかったんですが、こりゃ凄いですねえ」
車夫も気圧されたように足が鈍る。
繁華街を抜けて、吉原の方角を見た猫面相は、息をのんだ。
吉原は真っ赤な壁に覆われて、かつて大門のあったところに、立派な門ができている。
壁の向こうには浅草六区のシンボルであった凌雲閣に似た建物が聳え立ち、その最上階は雲に覆われて見えなかった。

「どういうことだ…」

行き交う人々は異様な建物もとくに気にすることなく歩いている。
どうやら人には見えないようだ。
「門のところまで、行きますか?」
気が進まない様子で車夫は聞いたが、猫面相は「頼む」と促して人力車を走らせた。


  *  *  *  *  *  *  


とある夜、百合之介がいつものように妖かし置屋喜常楼の天空廻廊を歩いていると、バサリと音がして視界の先に黒い影が落ちた。
欄干の上に一人の男が立っている。
百合之介は驚きはしなかった。もともと何事にも動じることはないが、なぜか既視感にも似た心地があったのだ。
前にもこんなことがあったような、既にそうなることを知っていたような不思議な感覚。
猫面の男は、欄干から音を立てずに降りると、シルクハットを胸にあて一礼をした。
「吾輩は怪人猫面相である。無礼とは知りながらも、太夫と直接話がしたく、こうして訪ねてきた次第である。」
「怪人猫面相?盗人の侵入を許すとは、門番や警備隊はなにをしておったのだ」
言葉とは裏腹に、その声は楽しげに弾んでいた。
「謁見願いたいと何度も尋ねたのだが、あの門番は実に頑固である。ならぬの一点張りで」
「頑九郎以外にも突破ねせばならぬさまざまな仕掛けがあっただろうに。よくぞここまで無事に辿り着いたことよ」
猫面相は、シルクハットを頭にのせると肩を竦めた。
「吾輩の手にかかれば、この程度の仕掛けなど容易いことである…と言いたいところであるが」
よく見れば、風にたなびくマントは切り裂かれており、端には焦げ跡があった。
黒い服はところどころ白く汚れて、白い手袋は黒い筋が入っている。
百合之介は声をあげて笑った。

百合之介が天空廻廊を歩くときは、誰も伴につけず、一人で巡るのが常であった。
この場所でこうして誰かと話していること、ましてや一度も会ったことのない怪しげな男が相手など、信じがたいことだ。
鏡衛門が聞いたら腰を抜かす…いや「左様でござりまするか」と意外と平然しているかもしれない。
頑九郎は怒り狂うであろう。目の前の、猫面相と名乗る男を倒すと息巻くかもしれない。
「興味が沸いた。聞こう」
百合之介は扇子をパチンと閉じると、背を向けて部屋に向かって歩み始めた。
最上階の自室に正体もわからぬ者を招き入れること。これもまた、信じがたいことであった。


  *   *   *   *   *   *   


狐太夫百合之介の掲げる野望は『天下布舞』
芸能の力で世の中を平和に楽しく丸く治めようというもの。

そして猫面相の心にあるのは『好奇懽楽』、
未知なるものに大いなる興味と期待を抱き、大人も子供も目を輝かせていた時代の再来。

「吾輩は太夫のように魅せられる芸があるわけではない。妖力もさしてない。
しかし、太夫が想像もつかぬ道を切り開いていくことはできるのである。
互いのできることとできぬことを重ね、新しい扉を開くことができれば、
思い描く世界へとひとつ、近づいていけるのではないだろうか」

百合之介は、大きく頷くと、身を委ねていた真赤な椅子から立ち上がった。

「実に面白い。互いの進む方向が同じ限りは、ともに歩み、そしてともに楽しもうではないか」

猫面相は手を差し出したが、その手袋がひどく汚れているのに気付くと肩を竦め、手袋を外し、再び差し出した。
百合之介は声を立てて笑うと、手を重ね、固く握手を交わした。


  *  *  *  *  *  

2014年8月30日。

よみせ通りが妖店通りへと姿を変えるとき、狐太夫百合之介は一座を引き連れて訪れた。
谷中千駄木と浅草吉原が繋がり、歓迎の宴では人も妖かしも関係なく杯を交わした。
普段は人の姿で過ごす妖かしや獣たちが、本来の姿でひとときの祭りを楽しむ貴重な時間。
まさに、商店街という日常の中に現れた非日常であった。

祭りの翌日、商店街はまるでそれまでのことが幻だったかのような静けさに包まれた。
冷たい雨に濡れる鈍色の商店街。延命地蔵尊の赤い提灯が景色に滲む。
だが、なにかが変わりはじめている。そう思った。

ちょうど、猫面相たちがよみせ通りに棲みついて、50年目のことであった。
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