怪人猫面相あらわる。

  • 2013.11.17 Sunday
  • 11:27

◆よみせ通りの追跡劇
---昭和36年12月7日夜---
「待てえ!」
寝静まった【よみせ通り】に突如響いた叫び声は、いくつかの商店や家に灯りを点した。2階の窓ががらりと開いて何事かと見下ろす者もあった。
ポケットライトだろうか、橙色の小さな灯りが遠くの方に見えたと思うと、足音と共に声は遠ざかった。
「今の声は、台ちゃんじゃないか」
商店街の会長を務める老人は、隣で編み物をしている妻に呟いた。
坊主頭がポケットライトを片手に黒い影を追っていた。さらに、その坊主頭をオカッパの少女が息を切らせながら追っていた。
商店街に沿って真っ直ぐに走っていた黒い影のマントが大きく靡いたと思うと、角を曲がり狭い路地に入っていく。坊主頭は勢い余って曲がり切れずに大回りして電柱に肩をぶつけながら同じ路地へと突進していった。
「よし、そこは行き止まりだ!」
周辺の地理を知りつくしている坊主頭は満面の笑みを浮かべた。この路地の先には一軒の空き屋があるだけで、あとは石の塀に囲まれている。飛び越えようとも、塀のすぐ向こうにはアパートが立ち塞がっていて屋根にでも飛び移らない限りは逃げ切れるわけがない。
「とうとう追い詰めたぞ、怪人猫面相!」
坊主頭はポケットライトの光を巡らせたが、その光は暗闇に不気味に佇む空き屋を照らすのみで人影はなかった。
「くそ、家の中に逃げ込んだか!」
しばらくするとバタバタと足音がして、オカッパの少女も空き家の前に辿り着いた。
「台ちゃん、ダメよ!人の家に勝手に上がっては!」
少女は家の中に入り込もうとしている坊主頭に声を上げた。
「人ん家たって、空き屋だろ」
台ちゃんと呼ばれた坊主頭は構わずに扉に手をかけた。だが立て付けが悪く中々開かない。そのうちに騒動を聞きつけた大人たちが集まり、通りに野次馬が出来た。
「また台ちゃんか、今度は何の騒ぎだい」
野次が飛ぶ。夜に叩き起こされたという怒りや不快さは全くなく、からかうような口調だった。それに答えようと、坊主頭がギョロリとした目玉を向けた時、駱駝シャツの太った男が野次馬を割って躍り出た。
「げげ、オヤジ!」
坊主頭の父、商店街にあるアズマ板金塗装のオヤジである。
「台二郎、てめぇって奴は!近所の迷惑になるようなことはするなと、あれほど言っただろうに!」
その怒鳴り声こそが近所迷惑であるのだが、野次馬たちは慣れたもので、面白そうに親子の修羅場を見守っていた。オヤジは太い指で坊主頭、台二郎の耳を赤くなるまで引っ張った。
「いててて!違うんだよ、オヤジ。怪人猫面相がそこの空き屋に逃げ込んだ!」
「能面だかお面だが知らないが、そんなことは警察に任せておけばいいだろ!餓鬼が首を突っ込むような問題じゃねえ!」
引っ張られた耳と同じくらいに顔を赤くするオヤジに台二郎は負けじと怒鳴り返した。
「その警察がアテにならないから、俺たちが動くしかないんだろ!」
「たわけが!何を偉そうに!京さんとこの文子ちゃんまで連れ出して、なんかあったらどうするんだ!」
オカッパの少女は呆然と親子喧嘩を見ていたが、自分の名前が出るとハッとしたようにオヤジの腕を掴んだ。
「違うの、違うのよ、おじさん!私が無理矢理ついていったの」
年頃の娘に、ましてや娘のように可愛がっている文子に腕を掴まれて振りほどくわけにもいかず、オヤジは台二郎の耳から手を離した。

その時、ひゅるりと風の動く音がして、野次馬のひとりが「あ!」と空を指した。その場にいた全員が一斉に顔を上げる。
夜空には細い三日月が浮かんでいた。
月灯りが照らしたのは、上へ上へと昇っていく黒い影だった。ひらひらと靡く黒いマント。先ほどまでの騒動が嘘のように静まり返り、野次馬も台二郎もオヤジも、黒い影が暗闇に溶け込むまで空を見上げていた。「不謹慎だが、息をのむほど美しい光景だった」と後に警察に聴取された野次馬のひとりが言ったという。
 

◆怪人猫面相
話は3日前、12月4日に遡る。
怪人猫面相は、一年程前から都内を中心に現れ、猫に関連する美術品を次々と盗んでいた。盗まれた美術品の数はそれほど多くなかったが、実にバラエティに富んでいた。有名な美術館が所蔵する猫の絵画に、政治家が個人的にコレクションしていた美術品、また猫について書かれた有名な文豪の直筆原稿が盗まれたこともあった。
付け加えると『怪人猫面相』という名前は、この奇妙な泥棒が自ら名乗ったわけではない。事前に送りつけられる予告状、いかなる痕跡も残さない華麗な手口、そして煙のように姿を消すという摩訶不思議さが、子供たちに人気の江戸川乱歩著『少年探偵団』に出てくる怪人二十面相を髣髴させ、誰ともなく『怪人猫面相』と呼ぶようになったのだ。
警察が頭を悩ませるのが3日前に届く予告状の存在である。「どこどこの美術館でなになにの作品を頂き候」という丁寧な告知内容ではなく、人を嘲笑うかのような言葉の羅列。明確なのは日時のみで、盗みに入る場所についての記述は、まるで謎かけだった。まずは、この謎を解いて場所を突き止めなくては、大捕り物すらも始まらない。いつもふんぞり返っている署長までもが厳めしい面を歪ませてナゾナゾに取り組んでいる様子は傍から見ると実に滑稽で愉快な光景であった。

【12月7日夜の9時。
雪が解け、春の朝が訪れた。鶯の最初の一声を聞く。
勇ましい猫が高所より鼠をとらえる。美しきかな。】

これは、12月4日に警察や新聞社各社に送られてきた予告状である。謎かけの解読に失敗しては、犯人を捕り逃してきた警察も躍起になった。警察の要請により錚々たる学者や専門家による分析が始まった。新聞社でもこぞってこの予告文を公開したが、とある新聞社に掲載された元諜報員の記事が注目を集めた。

――怪人猫面相の次なる標的は東京国立博物館の表慶館である。鶯は鶯谷駅を示し、春といえば桜、上野桜木町を示す。そして勇ましい猫とはライオン。表慶館のエントランスに立つライオンの像は高台から我々を見下ろしている。鼠とは、春になると桜の下で騒ぐ我々人間を揶揄していると分析する。――
警察は今度こそ逃がしはしまいと警視庁機動隊まで出動させて、12月7日の東京国立博物館表慶館を取り囲むことにした。

さて一方で、台東区の上野中学校、通称上中の新聞部でも、この件について話しあっていた。部長である東 台二郎は、数少ない部員に対し、自らの分析を披露していた。
「鶯の初鳴きのことをなんて言うか知ってるかい。授業でやっただろう、どこかの町名の由来になったって」
「谷中初音町の初音のこと?」
育ちの良さそうな色白の少年、中谷 中が顔をあげた。
「そう!つまり怪人猫面相が狙っているのは、俺が住む谷中初音町にある何かってことさ」
「あそこらへんに博物館や美術館なんてあったでしょうか?」
台二郎は、首を傾げる後輩たちを満足げに見渡した。
「美術品があるところならあるよ、それも有名なところだ」
中は目を見開いた。
「わかった、朝倉先生のところだ。朝倉彫塑塾だね、台ちゃん!」
朝倉文夫先生と言えば、東洋のロダンと言われるほどの彫塑家で、谷中初音町に立派なアトリエ兼専門塾を構えている。東京芸術大学を目指す地元の人間なら知っているはずだ。そのうちの一人である中が知っているのは当然だった。
「さすが中。なら、『勇ましい猫が高所より鼠をとらえる』という意味もわかるだろ?」
「朝倉先生の作品の中に『よく獲たり』という鼠を捕える猫のブロンズ像があるよ。確かに高所から鼠を捕えるような構図ではあるけど…」自信なさそうに中は眉を下げた。「偉い人が東京国立博物館って言ってるしそっちが正しいんじゃないかなあ…」
まっすぐに見つめる台二郎の眼力に負けるように、だんだんと声を小さくなっていく。
「今までの予告状は、文章の中に場所と盗む作品の両方を含んでいた。猫面相は場所も作品も指定した上で盗む、そのスタイルを崩すとは思えない。正解が国立博物館だとすれば、美術品についてのヒントが書かれていないことになるんだ」
「それなら警察に話さないと」
「とっくに話しているよ。でも相手にもしてもらえなかった。子供のお遊びに付き合っている暇はないとね。だから、俺は予告の日の夜に朝倉彫塑塾を張りこもうと思う。一緒に行く者はいないか?」
予告日の12月7日は真冬の夜である。
同行を望む者はいなかった。


果たして、怪人猫面相の予告上の答えは、大人たちが正しかったのか、台二郎が正しかったのか。その答えはすでに出ている。
警察は子供の話に耳を傾けなかったために、再び見事な失態を演じることになり、台二郎とその幼馴染である文子による朝倉彫塑館の張り込み、及び、商店街を賑わせた真夜中の追跡劇へと至るのである。
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